先般読んだ『ニッポンの移民』とも連動し、戦後80年にわたる日本の外国人政策を、国籍や在留資格、技能実習制度などの変遷から丁寧に検証した一冊。研究書や政府資料、海外との比較を通じて、外国人の労働力を必要としながら、社会の一員として受け入れてこなかった日本の姿が浮かび上がる。外国人を社会問題の原因やスケープゴートにするのではなく、人権や多文化共生の視点から考えることの重要性を改めて感じた。特に「他人の権利が認められない社会で、自分の権利だけが守られるのか」という問いが心に残った。

先般読んだ『ニッポンの移民』とも連動し、戦後80年にわたる日本の外国人政策を、国籍や在留資格、技能実習制度などの変遷から丁寧に検証した一冊。研究書や政府資料、海外との比較を通じて、外国人の労働力を必要としながら、社会の一員として受け入れてこなかった日本の姿が浮かび上がる。外国人を社会問題の原因やスケープゴートにするのではなく、人権や多文化共生の視点から考えることの重要性を改めて感じた。特に「他人の権利が認められない社会で、自分の権利だけが守られるのか」という問いが心に残った。

『低山遭難』。低山だからと山を舐めてはいけない。自分も山歩きをするだけに、低山なら気軽に楽しめるという感覚に、改めて注意を促される一冊だ。遭難者が増加するなか、本書は実際の遭難事例を通して、「低い山だから」「日帰りだから」という油断が、道迷いや装備不足、行動の遅れにつながる怖さを描いている。特に身近な高尾山でも多くの遭難が起きていることには警鐘を鳴らしたい。山歩きを楽しむためにも、自然を甘く見ず、事前の準備と慎重な判断を忘れてはいけないと感じた。ただ熊との遭遇は対応が難しい。

高市政権が長期政権となるのか。それには、過去の佐藤・中曽根・小泉・安倍政権が参考になる。長期政権だけではなく、短命政権や派閥なども詳細に分析する『長期政権の条件』。長期政権は、単に選挙に勝ち続ければ築けるものではない。政治記者として60年以上にわたり政界を見続けてきた著者が、過去の長期政権を振り返り、その「長く続く条件」を探った一冊である。運や選挙の強さに加え、自制心や時代との巡り合わせにも着目する視点が興味深い。権力を維持する難しさと、慢心が政権の終焉を招く怖さが印象的だ。

ルトガー・ブレグマンは本書で、「自分の幸福のためだけに、才能や時間を使っていないか」と問いかける。コンサル、金融、法務など、社会的価値より地位や報酬が優先される「才能のバミューダ・トライアングル」や、AIによって増える可能性のあるブルシットジョブを通じ、働く意味を鋭く問い直す。一方、社会の不正に立ち向かった人々の姿から、自分を超えた何かのために力を使う「倫理的野心」の大切さも描く。「誰のために働くのか」という問いを抱え続けることが、AI時代を生きるうえで重要なのだと痛感した。

中東情勢の悪化による原油供給への不安をきっかけに、資源に乏しい日本のエネルギー問題を改めて考えさせられた。オイルショック以降も化石燃料に依存してきた日本だが、脱炭素への転換が進む今、再生可能エネルギーから水素を生み出すことで、エネルギーの新たな選択肢が生まれるという。本書は、エネルギー科学と地政学の両面から、その可能性を分かりやすく解説している。「地下資源を握ること」が力だった時代から、「技術を握ること」が力となる時代へ。この転換は、日本にとって大きな挑戦であり、生きる道だ。

『最高の体調』。この本で紹介される健康やメンタル等を整える方法は、どれも特別なものではなく、日常に取り入れやすいのが興味深い。納豆やヨーグルトなどの発酵食品、身近な観葉植物、10~15分の昼寝など、ちょっとした習慣が心身に影響するという。また、ストレスを感じたときに「楽しくなってきた」と言葉を変える「リアプレイザル」という考え方も面白い。人は生まれつきネガティブに考えがちだからこそ、「心配事の97%は起こらない」という言葉を胸に、物事を前向きに捉えていきたいと思った読後感だ。

「軍都」と言われて思い出すのは広島だろうか。古地図を片手に街を歩き、残された痕跡や住民の記憶から、かつての「軍都」の姿を浮かび上がらせる歴史謎解きが面白い。辻堂を起点に、藤沢から平塚、厚木、相模原へ広がった軍事施設と都市化の関係を、「虫の目」と「鳥の目」で描いている。軍が地域経済を潤した一方、その記憶がなぜ「謎」となったのかも考えさせられた。軍事を遠いものとせずに、一方で安全保障を考えるための一冊である。縁のある土浦の軍都としての発展も興味深い(ただし最近は衰退が甚だしい)。
